東ビサヤ地方に属するフィリピンで8番目に大きな島です。

太平洋戦争時のレイテ沖海戦や、大岡昇平の戦記小説「レイテ戦記」からも知られているように、

日本人にも比較的馴染みのあるフィリピンの地名だと思います。

 

レイテ島には、レイテ州と南レイテ州の2つの州があります。

元々は一つの州でしたが、レイテ州の首都タクロバンシティから南部の統治が難しかったため

1960年に南レイテ州が発足致しました。

 

おおざっぱに言いますとレイテ州ではワライワライ語、南レイテ州ではセブアノ語が話されています。

レイテは、イメルダ・マルコス元大統領夫人の故郷としても有名ですし、

日本の敗戦へのきっかけともいえるマッカーサーのフィリピン再上陸の記念碑も建てられています。

日本軍兵の慰霊碑等、現地の名所をご紹介いたします。

 

 

マニラからレイテの首都タクロバンまでは、セブパシフィック、ゼストエア、

エアフィル(フィリピン航空)、シーエアタイガーの4社から1日十数本の便が飛んでおり、

とてもアクセスが良いです。

所要時間は約1時間15分。今回は取材日に一番料金の安かったシーエアタイガーを利用致しました。

ご旅行日により料金に差がありますが、今回はマニラからの往復で約3000ペソ程度。

 

 

空港名の看板、一部壊れていましたが、ダニエル・Z・ロムアルデスさんは、

1960年前後フィリピンの下院議長も務めた政治家で、イメルダ・マルコスさんの叔父にあたります。

ロムアルデスとはイメルダさんの旧姓でもあります。

初日、お昼ごろに着きましたので、午後をタクロバン観光にあてました。

 

 

タクロバン・コンベンションセンター(アストロドーム)

空港からも程近く、海岸沿いにあります。5000席を擁する東ビサヤ地区最大の屋内競技場です。

2006年に完成しました。

マニラのアストロドームと同様、PBA(フィリピンのプロバスケット)の試合や、

コンサートも行われるそうです。

 

 

 

サント・ニーニョ シュライン&ヘリテージミュージアム

マルコス元大統領が建てました29のレストハウスのうちの一つですが、

奥様であるイメルダ夫人の地元にあることで特別な観光地ともなっています。

敷地内には、フィリピン各地の名前をつけた13のゲストルームや、

マルコスファミリー用のプライベートルームがあります。

ゲストルームは、それぞれ調度品が異なり、各地方の特徴づけがされています。

当時子供であったボンボンさんやアイミーさんのお部屋は、それほど大きくはなかったですが、

イメルダさんの部屋は豪華でバスルームだけでも一般人の家よりも広いくらいでした。

マルコスさんが大統領時代にいただいたであろう世界各地からの贈り物(マルコスコレクション)が

多数展示されています。

 

入場料、3名様まで200ペソ 1名追加に付き60ペソアップ
撮影する方は、カメラ1台に付き30ペソ徴収がされます。
午前8時~午後5時まで開館 基本的に休日はありません

 

 

 

 

 

 

イメルダさんの家族が描かれています。

 

 

 

 

レイテ州庁舎

1907年に建てられましたレイテの地方議事堂は、太平洋戦争下1944年10月23日~1945年2月27日の間には、

フィリピン連邦政府の下、国会議事堂としての役割も果たしました。

敷地内にはレイテの重要な2つの歴史的レリーフが飾られています。

一つは日本人にも有名な、レイテのパロ地区レッドビーチに再上陸したマッカーサー。

もう一つは、南レイテのリマサワ島で開催されたフィリピンで初のキリスト教のミサが描かれています。

 

 

 

リマサワ島で行われたフィリピンで最初のキリスト教のミサ

 


フィリピンに再上陸したマッカーサー

 

 

サンファニコ橋

レイテ島とサマール島を結ぶ、フィリピンで最長の橋です。

長さは約2.2キロ。
1969年に工事が始まり4年かけて1973年に完成しました。

建設費は日本からの戦時補償となっています。

橋のデザインは、レイテ島の頭文字「L」の小文字と、サマール島の頭文字「S」の形になっています。

橋の上は停車禁止となっておりますが、観光客を橋の上でおろす車がちらほらいました。

おかげで、橋からの撮影ができました。

 

 

橋の向こう側がサマール島なので、S字になっています。

 

レイテ側はLですが、小文字ですのでほぼ直線です。

 

橋の一番高いところは、約41m ちょっと大きめの船も通ることができます

 

停車禁止の標識

 

 

ラファエルファーム

タクロバンの市内からは車で30分程度。農園というよりは公園と言った感じでした。
旅の時間に余裕があれば、レストランで食事をされたり等のんびり過ごせます。
入場料、25ペソ

 

 

 

 

 

 

ダグラス・マッカーサー ランディングメモリアル

1944年10月20日、約22万5千の兵と600隻の船と共にマッカーサーが、

フィリピンへ再上陸し、フィリピンが日本軍より解放されるきっかけとなりました。

マッカーサーが上陸したビーチは、レッドビーチと呼ばれていますが、

軍隊は近くにあるホワイトビーチ、ブルービーチからも上陸しています。

ビーチの名前に色が付いているのは、米軍のカラーコードによるものだそうです。

 

現在、碑がおかれているのは、マッカーサーパークという4ヘクタール強の広さを持つ公園ですが、

マルコス大統領の時代には、イメルダパークと呼ばれていたこともありました。

マッカーサーたちの碑は実物大ではなく、約1.5倍の大きさになっているそうです。

全てがアメリカ人ではなく、当時のセルヒオ・オスメーニャ大統領とロムロ将軍の

フィリピン人も含まれています。

 

一番左がオスメーニャ、3人目がマッカーサー、4人目背の低い人がロムロ将軍

 

手前の碑には、英語とタガログ語で上陸の際の説明が書かれています

 

 

サント・ニーニョ教会

現地のメイン道路、リアル通りを北上していきますと、ベージュ色の特徴的な教会が目に飛び込んできます。

毎年6月後半に行われるタクロバンのお祭りで重要な地となります。

 

 

 

 

マドンナパーク

戦争当時、日本はフィリピンから見れば敵国でしたが、

戦後長い年月が経ち世界の平和と両国の友好のシンボルとしてマリア観音が日本人より寄贈されました。

遠くサマール島が見えるカンカバト湾を見下ろす丘に建てられています。

あたりは公園となっていて隣にはタクロバン市役所があります。

 

 

マリア観音様、マドンナ・オブ・ジャパンとも呼ばれています。

 

 

世界平和を祈念して、1977年に建立されたことが書かれています

 

 


公園には、日本語の平和記念碑もありました

 

公園の隣と言うか敷地内に、タクロバン市役所があります

 

 

バリュアン野外音楽堂

タクロバン市役所から道を挟んで海側にある音楽堂。

バリュアンとは現地のワライワライ語で、交易等を行う市場のような意味だそうです。

夜になるとライトアップがされてコンサートなどが開かれます。

 

 

オチョレストラン

現地のガイドさんから勧められましたシーフードレストラン。

レイテ州庁舎からも程近いセナトール・エネージ通りにあります。

ガイドさんたち含めて6名分頼みましたが、とても安価で満足できました。

電話(053)325-4171

 

 

 

 

 

【その他、時間の関係で車中からの観光となった観光地】

 

カルバリーヒル

本来は、キリストが磔になったゴルゴダの丘の意味で、キリストの像が飾られていますが、

大戦時には日本軍の陣地ともなっていたそうです。

 

 

ボーイスカウトモニュメント

2001年の暮れ、全国的なボーイスカウトの大会がタクロバンで行われた記念碑です。

タクロバン市内から、マッカーサーパークへ向かう手前にあります。

 

 

フィリピン兵の碑

太平洋戦争時、自由を勝ち取るために犠牲になったフィリピン兵に敬意を表して建てられています。

やはり市内からマッカーサーパークへ向かう手前で見つけられます

 

 

☆ホテルのご紹介☆

レイテパークホテル

1979年、イメルダ夫人によって建てられた老舗のホテルです。

マルコス元大統領がハワイに亡命した後、約3年間は閉鎖されていましたが、

その後再オープンして現在に至ります。

6ヘクタールの広さを誇ります。

ホテル入口は3階となり、下に降りて行くユニークな造りとなっています。

階下に見下ろすサンペドロ湾の先にはサマール島が見えます。

マドンナパークや、レイテ州庁舎にも近い立地です。

 

 

プール沿い1階から撮りました、フロント、車寄せは3階になります。

 

今回泊りましたSTDルーム。お部屋の方は問題ありませんでしたが、

お風呂場の塗装は傷みが目立ちました。

お湯は、使用に問題ない程度出ました。バスタブはあります。

 

 

オリエンタルホテル

以前は、マッカーサーパークビーチリゾートと呼ばれていましたが、

リニューアルしてとてもきれいなホテルに変わっていました。

タクロバン市内よりは、約10キロほど離れていますが、マッカーサーパークまでは約500mの距離。

空港までも5キロほどです。

ねもとトラベルでも契約取得中

 

 

 

 

ノバジンベイクラブ レイテ

南レイテは、パードレブルゴスにある日本人経営、

日本人ダイブインストラクターが常駐しているホテル併設のダイビングショップです。

こちらレイテの支店は、2011年2月に完成致しました。本店は、ボホールにあります。

タクロバン空港からは、車で約3時間。お店の名前にあるように、

11月~5月のシーズンには、ジンベイザメを見るサービスがメインですが、

もちろん通常のダイビング、ダイビングライセンス取得も可能。

現地はデパートも無い、ある意味秘境のようなところですが、その分海の透明度は抜群です。

のんびりと中長期滞在される方にお勧めです。
宿泊施設は、10室

 

 

お部屋名 通常料金 ハイシーズン
エコノミールーム 2室 P1500 P2500
スタンダードルーム 2室 P2000 P3000
DXルーム 4室 P3000 P4500
スーペリアルーム 2室 P4000 P6000
※ピークシーズン
12/27-1/6 : 3/17-26 : 4/27-5/6 : 8/7-16
※全室オーシャンビュー、エアコン、ウォシュレット、温水シャワー付き
テレビは、スーペリアのみ

 

※食事 ・朝食P300 ・昼食P400 ・夕食P500

※オープンウォーター講習 CMAS P15000
ジンベイスイム  P5000 (3名様より催行)
詳細は、下記参照ください。
http://leyte.novajinbeiclub.com/price.html
ネモトトラベルでもご予約をお受けいたします。

※価格は2013年1月現在の価格です。
情報が古くなりますと価格が変わることがございますのでお問い合わせください。

 

 

 

 

ダイブスポットの地図

中央下の小さな島が、フィリピンで初めてキリスト教のミサが行われたリマサワ島

 

スタンダードルーム

 

テレビは、スーペリアルームに付いています

 

日本から取り寄せの、日本のシャンプーとボディソープ

 

温水シャワーは全室完備

 

レイテ島は台風の被害が多く、2006年に台風と地震のダブルパンチにより大規模な地滑りが起き、

南レイテ州のセント・バーナード町で集落が丸々飲み込まれ

多くの犠牲者が出たニュースを覚えている方も多いと思います。

日本からもいろいろな形で援助がされました。

ノバリゾートがあるパードレブルゴス地区へは、以前はタクロバンから5~6時間かかったそうですが、

日本の援助により道中の山々を結ぶ多くの橋がかかったおかげで、

今は3時間程度で行くことが可能になりました。

今回トイレ休憩で寄ったアガスアガス橋で写真を撮りました。

 

 

フィリピンと日本の共同プロジェクトの記載がされています

 

タクロバン市内観光、現在契約取得中です。
現地代理店と契約が出来次第、ねもとHPにアップ致します。