Bye Bye Tokyo ~フィリピン選手全種目終了~

みなさん、こんにちは。

いつもねもとのブログをご覧頂き、ありがとうございます。

今日は、パラリンピックについてお伝えする最終回です。

昨日9月3日は、二人の選手がメダルを目指して出場しましたが、

それぞれ大健闘したものの決勝進出することが出来ず、東京を去ることになってしまいました。

 

先ず、水泳のゲイリー・ベジーノ選手から。

4種目めとなる「男子100m背泳ぎS6」で20位となり、東京パラリンピックでの全ての競技を終えました。

ベジーノ選手は1分28秒87を記録し、上位8名のみがメダルラウンドに進出できるこの種目で、

20人中最下位となってしまいました。

この25歳の選手は、このレースでは3番目に速い反応時間を記録しましたが、

序盤で遅れをとりその後挽回することができませんでした。

パラリンピック初出場のベジーノ選手は、最も多くの4種目に出場しましたよ。

しかし、すべての競技で決勝進出を逃しました。

 

そして、車椅子レースの大ベテラン、マングリワン選手も3種目目となる

最後のレースに出場しました。

結果は、8人中最下位となってしまい、メダルには手が届かずに彼も全ての競技を終えました。

コーチが後から語ったのですが、どうやら車椅子が故障していたのこと。

ガムテープで応急措置を施したものの、やはり本領発揮とはいかなかったようですね・・・。

この悔しさをバネにして、次回の大会では頑張ってください!!

 

東京パラリンピックは、メダルは0個となり残念な結果になりましたが、

もっと残念なのことは、3人もの選手がコロナに感染して、競技を棄権しなくてはならなくなったことです。

重量挙げのアシェル・ギオン選手は、フィリピンを発つ直前に陽性反応が出て、5人で東京に渡りました。

そしてその後、陸上円盤投げのジャネット・アセヴェダ選手(下段右側)、テコンドーのアライン・ガナピン選手(上段右端)は、現地東京で罹患・・・。もちろん、試合には出られませんでした。

4年に1度しかない「栄光と名誉の晴れ舞台」のチャンスを、コロナ禍が一瞬にして奪っていったのです。

※写真は、イメージ画像です。

2022年にベトナムで開催されるASEANパラゲームズや中国で開催されるアジアパラゲームズに向けて、

フィリピン選手団の各競技種目のコーチ陣は、

「選手がもっと活躍するためには、国がCOVID-19の流行に対処する一方で、

選手たちがトレーニング施設を常に利用できるようにすべきだ!!」

と苦言を提したそうです。

 

今回の東京オリンピック・パラリンピックは、ねもとのブログでは常にフィリピン人選手に

焦点をあててお届けしてきましたが、いかがだったでしょうか。

次の大会は、3年後の2,024年「パリ大会」です。

※これがパリ五輪の公式のロゴだ!!

オリンピックリング、オリンピックの炎、そして共和制フランスの象徴であるマリアンヌという

3つのシンボルを利用してデザインされたそうです。

次回のオリンピックでは、マスク無しでみんなで輪になって手と手を取り合って、

各国の選手を応援できるようになっていることを、心から願っています。

 

 

  
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